ラベル 健康 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 健康 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年2月16日月曜日

早くも如月


生まれ育った東北に比べたら、ここは暖かいし
季節もひと月以上違うのだけど
寒い日は寒い
1月末の週末2日を庭仕事で外で過ごしたら、翌週の半ばまで体調不良
風邪気味というのではなくどことなく不調
そんな週に限って少し油分の多いカレーだったせいかさらに不調
2日ほど朝寝を許し、午前中もカイロを貼ったりして過ごしたら
金曜日の朝になってやっと快調、復活した
筋肉痛もきっちり24時間後に来る年齢だでねー

朝食に大麦のグラノーラをここ数年食べていたのだけど
ひと袋の値段がほぼ倍額になった
それでついに、押し麦を使って自作しようと思う
何故今までそうしなかったのかというと、消費期限の問題ですな
手作りすると2週間しかもたないらしいので、手間がかかるわけです、ハイ
でも、まあ、この際「毎週作る」をルーティンにしてしまえばよいのです
押し麦ならごはんでも食べられるしね
うん、そうしよう
あと一袋在庫あるからそのあとね

冬の間の庭仕事、剪定など
去年ほとんど手つかずだった西側の生垣をテツヤさんが刈り込んでくれたので
道路に落ちた枝を掃き掃除
しかし冬の強風でお向かいの家に吹き溜まること吹き溜まること
「ご迷惑おかけしてま~す」と、ササっと片付ける
その後、先月から溜まっていた枝を随時チップにしていく
キャタピラでどこへでも移動できる粉砕機があるので
刈り込んだ生垣のイスノキ、山茶花、ウバメガシ、夾竹桃、竹などをバリバリと
しかし、大量にある枝の山をふたつ片付けただけで薄暗くなってしまった
そして腰が痛い・・・

細いエリアを鎌で芝刈り(文字通り)
コンクリートの隙間はハサミでチョキチョキ
大家さんちの前もチョキチョキ

ご近所から水仙・ジョンキルをいただいてきた
6月ごろに葉が枯れたら一度掘り上げよう
近所のおばあちゃんが作っていた美しい畑も荒地になってもう数年
宅地になるらしい
17年も住んでいると、ご近所がどんどん様変わりする
親子3代にぎやかだった家が今はおばあちゃんの一人暮らしだったり
きれいな畑を作っていたお父さんが姿を見なくなったり
ああ、いつのまにか更地になって、と思ったら
平屋の小さな建売住宅があっという間にできてたりする
ウチもそうだね
大家さん夫妻が一人なくなり一人施設に入り
今は遠くに住むテツヤさんが週末にやってきては
みかん畑の世話をする
来年私がどう暮らしてるかなんてわからんもんねぇ

・・・

時々風のない春のような日があって
足元の青いオオイヌノフグリが目に入る
藪椿もかわいい
河津桜もうすぐ
そして今年も春の先駆け「マンサク」開花

庭仕事の続き
東側の生垣は3か所に分かれていて真ん中のお手入れはほぼ済んでいる
残りの南北の生垣のお手入れ
つまり、下枝刈、中の枯れ枝取り、不自然に絡んだ枝払い
そして足元の枯れ葉掃除(足元が詰まってるとゴミが溜まるのだ)
をやったら、西側に続いて東側でもスズメバチの巣が出てしまった、ハンドボール大
秋ごろに玄関先でよく見たのはここに住んでいたのか・・・
恐ろしい・・・
生垣のトリムって形だけトリマーで整えていると
見た目はいいけど、内側が全く葉がなくなってしまって不健康だと思う
フラワーデザインの先生に習った「蝶が飛べるくらいのスペースを」
というのはアレンジメントだけのことじゃないと思ってる
イギリス伝統の花のデザインは花の奥行と空間がゆったりしているのだ
(池坊のスタイルもそう、立花なんて究極)
人が手掛ける庭木も同じと思う
なので、冬のうちにお手入れして風通しを良くし陽があたるようにしたい
春夏に新しい葉をたくさん出してほしい
といいながら大きな枝を切っても癒合剤を塗るわけじゃないから
生傷だらけにしてるのかもしれない・・・

冬は深夜の西風が強くなる
何かが落ちるような物音がしたけど
翌日見たら、先日整理した支柱がビールケースごと倒れてた・・・
置き場所を考え直さないといけない
大家さんの支柱と私の支柱を分けていたけど
もう一緒にしてもいいのかもしれない
絶対風で倒れない場所に移動
2月も半ばなので夏ミカンを収穫
自分用に約30個
全部で180個くらい収穫
この夏ミカンの木は結構な古木で
毎年かなりの枯れ枝が出る
なので今シーズンはかなり大胆な剪定をしてみた(写真じゃわかりにくいな)
若返り可能かどうか
生垣の剪定で出た枯れ葉も夏ミカンの根本に貯めてます
砂地の畑ですが、なんとか健康でいて欲しい

庭の椿の木に鳥の巣発見

中には椿の葉
小鳥は燕とちがって古い巣は使わないらしいので片付けましょうか
というより、どんな鳥が子育てしたのか気になる

・・・

8日の投票日は猛烈に寒くて時々吹雪いた

吹雪いてるよって岩手の兄に動画を送ったら岩手は晴れてたそうだ
多分気温が違うと思う・・・うん

ある日突然ネットニュースの見出しにオリンピックと出てきて驚いた
日本人として大丈夫か!? ワタシ と思ってしまった
決して関心がないわけじゃないけど
イタリアでオリンピックが開催されること自体知らなかった

2/11 名古屋でスチールパンの体験会に参加
前日にyoutubeでちょっと予習したので音の並びはなんとなく理解

大人3人の回だったけど
おひとりはコロナ前の滞米中に経験しマイドラムをお持ちの方
もう一人は私と同じで打楽器経験者
なので、サクサク進み、進みすぎてついていけず・・・
そしてユニゾンだと自分の音が全く聞こえず
倍音も響くのでますます手が出せずだるまさん状態・・・

スチールパンの音並びは5度展開の12音だった
一つおきでホールトーンスケールになる
様々な楽器の5度展開について知りたいなぁ
そして5度展開楽器の演奏の規則性というか、コツのようなものを知りたいと思う
気にかけておこう

午後は小牧に出向き、小牧市公民館でのヒンメリの展示会
昨年秋に続いて2度目のナカソネさんの個展



じっくり見ている人はたいてい経験者で
だからこそ、彼女の作品のすごさがわかる
私も作りたくなったら作ろう
春に畑のライムギも収穫できるし
大麦、カラスムギに続いてライムギの麦わらを触って
何か感じるものがあるかもしれない

それにしても、音楽とアートでもうお腹いっぱい
明るいうちに帰る

帰りの名鉄電車、太田川からにぎやかな女性の団体が乗ってきて
9名が優先席に座った
私が座っていたせいでおひとりが立っていたけれど
「彼女は若いから」と言われていたのでそのまま居座ってしまった
隣町のコーラスグループの方たちで
年に一度の半島全体の合同発表会だったそう
衣装ケースをお持ちだったので聞くと
ちゃんとそろいのロングスカートをはいてのステージだったそうで
朗らかに、楽しい方たちだった
「ワタクシ還暦で」と言ったら
「私は78」
「私は84よ」
ときたもんだ
こんなふうに元気に楽しく仲間と歌っていられたら幸せだなぁ
武豊で降りた10名は幸せの天使のようだった
(ま、実際はいろいろあるだろうけど)

・・・

昨年のはじめに知り合い、2月の同級会で帰省した折にお会いした
S氏が年末に亡くなった
ちょうど49日だろうかという頃にお母さまからハガキが届いた
郷里に帰って新生活というときに病気がわかり
緩和治療で過ごされて、調子のよいときの散歩で見た自然の美しさを写真に撮って
知らせて下さってた
彼からは直接手製本のやり方を教えていただいた
手製本を自分だけで終わるのが残念で
手順をまとめたセットと物々交換で全国の方と交流していたところだったと思う
私も花の種とミニ百人一首を入れる箱やリネンのサッシェを送り
古書と彼の手作りの掌文庫をいただいた
私より5歳ほどお若い方だった
お母さまがハガキを出すのはお辛かっただろうと思う
ご冥福をお祈りします


2021年9月2日木曜日

長月・・・月名がするっと出てこなくなってしまった・・・

 

8月いっぱいでスポーツクラブの仕事を辞めました

約3年半お世話になりました


法人化から落ち着く間もなくコロナで

会社をめぐる状況は混とんとしていますが

心身の健康を優先しました

去年の春の骨折、今年の春の抜釘手術
その後も右足首は元通りとは言えないです
脚の甲がしびれる、傷跡が疼く
そんなちいさなところに意識を届かせて左右差が出ないように動かしています

仕事のストレスと猛暑で、通勤の行き(登り)はともかく
帰り(下り)の制御に自信がないので、ここ2か月ほど
ほとんど自転車通勤もしませんでした
なので、現在のバイク能力は果てしなくゼロに近いです
一日40kmも乗ったらいっぱいいっぱい

8月前半の猛暑のあと、雨続きで畑と花壇の世話が完全にストップ
実際野菜の収穫もほとんどありません
ほとんど写真も撮っていませんでした

仕事を辞めるにあたって
お花をいただいたり
靴下をいただいたり
ご苦労さん会で会食したり
ああ、丁寧に仕事しといてよかったなぁとつくづく

まだ暑さもあって生活時間は乱れまくりだし
ストレス事案を反芻する癖が抜けません
それ以上に楽しいことに身をまかせないといけませんねー
そのためにもバイクに乗って体を使うとか、必要

秋に引っ越すかもという話がありましたが、
当面は動かないと思います
でも先月から「ふた月以内に引っ越し」の前提で
断捨離、ものごとの世代交代、冷凍庫などの保存食の消費
本を古書店に売り、衣類は諸外国でのワクチン接種のための寄付にまとめ
amazonでも買い物を控え、などなど取り組んできたことは
少なくとも冷凍庫の中身を一度空にするまでは続けようかと思います

しかしamazonの本はすでに数冊注文してしまいました・・・

当初9月は実家に帰省したり旅行したりしたいなあと思っていましたが
すべて中止
当面は手仕事に励みます

雨が止んだら畑仕事もしないとね


2021年3月27日土曜日

今、入院するということ


昨年4月20日腓骨骨折

4日後、手術でチタンプレートを添える

メリット:すぐにリハビリ開始でひと月で歩けるようになる

デメリット:体を麻痺させ、切り開き、異物を入れることの体の負担

の両方を味わいながら過ごした約1年


2月の外来で、CTを撮り骨がちゃんとくっついているのを確認

ひと月後の2泊3日の計画入院

何事もないように、手術が無事に済むことだけ考えて過ごしたひと月


入院前2週間の体温測定

毎日の数値にドキドキ
熱が上がったらどうしよう!?
という不安をよそに安定の平熱(2度の36.5℃は測る時間が遅かった)

3月22日 入院当日
まずはPCR検査
長くしなやかな綿棒を2本、左右の鼻孔に挿入
噂ほど痛くはないが、涙はちょちょぎれた
そして懐かしい感触・・・
ご飯粒が鼻の穴のほうに行っちゃった!って感触がずっと残ってた(^^;

レントゲン、心電図、採血(2度目でクリア)

午前10時過ぎには病棟に上がる
もう食べる寝るしかすることがない
今回は4人部屋、満室
ものすごく気のいいかわいいおばあちゃん
100%介助が必要だけどかわいいおばあちゃん
私と一緒に入院して、次の日に手術予定のおばあちゃん
母親どころか祖母といってもいいくらいの先輩たちと過ごす3日


このワタシでも昨夜は多少緊張して眠れなかった
どうせ病院で寝られるからイイヤ
というわけで病室で昼寝をしたせいでまた夜寝られず

3月23日 手術当日は朝7時を過ぎたら水も飲めないので
6:50のアラームで水をごきゅごきゅ飲む

手術前に入浴
去年は浴槽には入れなかったが今回はちゃんと(もちろん)一人で入浴
手術でさわるのは右脚だけだけどね
全身お清めね

昼までひたすら喉の渇きに耐える

術前に病棟で点滴ラインを確保するのが決まりなのだが
例によって全く血管が見えない(風呂上りなのに!)
左右2度トライして病棟ナース降参
(今回は内出血なしだから上等よ)

出ないのに何度もトイレに通う
術着に着替えてスキップして(笑)術場へ向かう

右足首にマーキング(間違えるなよ!)
細いベッドに上がり左腕には3人がかりで点滴ライン探し
右脚には二人がかりで神経ブロック麻酔(Dr.D点滴から逃げたな)
左側で「はい握って」、右側で「足首曲げてー伸ばしてー曲げて」
って勘弁してよ、もー
何カ所かトライして結局左手首の浮き出ている血管を使う
Dr.Y「おっ!?この血管逃げるよ!おい、ちょっと逃げるよ」
今回ばかりは逃げろーとは言わない
「イヤなのわかるけど、捕まってくれないと足首の異物取れないから観念して」
と言い(思い)聞かせる
普段より細い針を使ってくれたらしい
一方右脚
「指しびれるからねー」
「あ”っ!小指っ!」
「はい、次ねー」
「あ”っ!中指っ!、親指」
麻酔が効くまで足全体の消毒
その持ち上げられ方が・・・乱暴
腿に血圧計のような圧迫バンドを巻かれて
「ちょっと痛いけど30分くらい我慢できるかなー」
痛っ!! 無理無理無理無理!
つまりだ
普段硬膜外麻酔で下半身麻痺状態のときは
ヒトの体を物扱いしてるってことだな
止血帯は不可
枕を抱えてDr.Dに背を向けて昼寝気分
左足は下で曲げているが足裏が張りのあるもので圧迫されている
右脚では何か引っ張られるような感触が伝わってくる
「はい全部取れましたよー」
もう、安心
そしておもむろに左足指を動かして「これなんですか?」
「それは、私のおなかです」by Dr.D
爆笑の中、40分もかからず手術終了
車いすに移り、さっそく洗浄されたチタンプレートとねじをいただいて病室へ

ナースに確認して、まずは水をがぶ飲み
手伝ってもらって術着からパジャマへ着替え
手首の点滴が邪魔でねー
さすがに緊張していたのか、午後は昼寝
そして本日唯一の食事
いつ麻酔が切れるかと思っていたら結局立てるようになったのは深夜28時頃
痛みで目が覚めるかと思ってロキソニンを処方していただいたが結局不要

点滴棒とトイレへ
手首の点滴ラインはちょっと安定しなくて
調整が必要だった(可動部分だからね)

3月24日
朝ごはんのあともまたウトウト
生食と化膿予防の抗生剤2本の点滴が終わったのが9時頃
Dr.Dがチェックに来て包帯を外し、保護シートを貼り直してくれた
今回も真皮縫合で抜糸不要
保護シートだけなので、普通に靴を履ける

軽量化!
自転車仲間が「このチタンのねじバイクに使えないか?」という(笑)
術場で「物好きねー(変態ね)」と言わんばかりだったが
本来医療廃棄物なので捨てるときは病院に持ってきてね
というので、ねじだけ置いてきた

着替えて荷物をまとめ、会計を済ませる
バス時刻まで20分ほどあるので駅まで歩いてお昼用にお寿司
自分に花束買って帰りのバスへ
実は麻酔の影響か右脚の感覚が万全ではなく歩く速度も遅い
自転車で来なくてよかったーとほんとに思った(^^;

加重を意識し、普通に歩き、足指をよく動かすけれど
傷がつっぱるので足首の柔軟性はちょっと悪い
これも地味にリハビリしましょ

改めて病院スタッフに感謝
看護師さん、介助スタッフ、お掃除の方、ドクター
みなさま尊いお仕事ありがとうございます
これ以上はお世話になることのないように(^-^)

さて、残ったチタンプレートは
お守りに


2020年7月13日月曜日

長い雨


手術後の頭痛のこと
骨に添えたプレートとボルトのこと
同年代の同じような骨折事例
などなど
ネットのお世話になったことはたくさんたくさんある
私自身ものちの人たちのために
自分の手術とその後のことをブログに書くべきなのか?
と思うこともあったけれど、私はやはりフルオープンにはしたくない
患部の写真付きの記録は非公開です

頭痛のこと
手術時の麻酔は硬膜外麻酔
術後2日目には激しい頭痛に襲われる
くも膜下出血と同じ後頭部下
この期に及んで脳卒中はないでしょ!?と少々混乱
友人にこの麻酔の副作用を調べてもらう
脳の内部とつながっている脊髄に注射するために
少々髄液が漏れる、それが頭痛の原因
つまり脳内の減圧も加圧も同じ頭痛という症状が出る
体を起こす→激しい頭痛→寝る
という結構つらい1週間を過ごして
退院の朝、パカっと治った

プレートとボルトのこと
腓骨がスパッと折れていたので、当たり前のように手術といわれた
プレート+ボルトは取らなくてもいいよ
と、言われたら、じゃあお願いしますと言いますよ
術後ひと月で、金属は30年もつものではないので一年経ったら取りましょう
ということになった
手術でまた麻酔の頭痛が来るのか!?と思ったらかなりうんざりしたが
取り出す手術は日帰りの場合もあるとか
麻酔の仕方も違うのでしょう
えらいモニターだらけになるものではないらしい
じゃあ、まあ、いいか
次の外来診療は半年目の10月

同年代の女性の腓骨骨折ブログを見つけた
その方は登山をする方で、半年経っても坂を登れないと書いていた
すごく参考になった
私は100%加重OKが出て、歩くことに不安がなくなった1週間後から
自転車に乗り始めた
もっと早く乗りたかったが、乗ってみて乗れなかった場合に
自転車を押して歩けない、では話にならないから
足に残る浮腫みという老廃物は血液を廻すことでしか解消できない
自転車で脚を回す(膝を曲げ伸ばしすること)は
脚の血行促進に最適な運動だから
あくまでも回すことが目的で
自転車で飛ばすとか坂を頑張るとかではない
リハビリです

2か月目からは大事に大事にするより、あえて痛みを感じるように動かしている
足首の可動域の確保と、いまだに出る右足の甲の痛みの解消のため

雨が降ると足首が痛む(そのうち天気予報ができるようになる)
時々皮膚もつっぱる
まったく違和感のない時もあるので
「なんで今、ここが痛いんだろう?」
と、不思議に思う
きっと通常の骨折からの回復よりずっと早いと思うけれど
人にはわからない用心もかなりしている
私は私の肉体を信じているけど、脳は嘘をつくからね

あと一週間で骨折3か月
まだ右脚は左脚の能力の30%くらいかなぁ
正座はなんとか可能
でも骨折部に負担がかかるならしないでおく



自宅に戻って取り組んだこと
マスク作り
リバティプリントと麻を使った夏用
有松絞
遠州木綿
なかなかマスクをしない男性たちの
特に自転車乗りへのプレゼント

脚が不自由の間放置していた畑でも
ソラマメがとれた!
二月遅れで種まきし直し
すぐ発芽して
定植


友人へのプレゼントに編み上げた
淡くて渋めの色だけで編んだ「ひいおばあちゃんモチーフ」の毛布

トモコちゃんからのお見舞い沖縄セット
ヨウコちゃんからの紅秀峰

コロナで中止、自粛になって行き場を失った食材をいくつか購入した
大好きは稚鮎の甘露煮はまだ半分冷凍庫にある
贅沢な煮込み料理も
高級輸入食材も
stay homeには大変助かった
なんたって骨折脚ではそう簡単に買い物に行けなかったから

今は梅雨の長雨
あちこちで洪水の被害があることは本当に胸が痛い
遠くからでもできることがあれば
やる


2020年4月30日木曜日

初めての手術


4/20(月)
不注意から滑ってこけて右足首をくじいてしまった
なんとか立てたので、折ったのではなく捻挫だと思った
4/21(火)
詳しそうなNさんに相談したら、
「接骨院で固定してもらったら」というのでご近所Kへ
一目見て
「これは・・・折れてるかもしれませんよ!レントゲン撮ったほうがいいです」
なんですと!?
K夫人に送っていただき近くの内科でレントゲン撮影
「きれいに折れてますねー。病院紹介しますよ。どこがいいですか?」
なななんですと!?
昼前に紹介いただいた病院に滑り込み(Pちゃんありがとう)
見ていただくと
「うん。これは手術がいいでしょう。今日から入院ですね」
ななななななな・・・ 
術前検査をすませ、入院手続きをしたうえで3時間の外出
まず昼食、それから
台所で冷凍庫へ戻すもの、冷蔵庫でいいもの、分けるもの
知らせる人に知らせ、関わった病院にそれぞれ連絡
あっ!
もう時間がない!
最低限の身の回りのものと、本、編み物、えーーっと、あ、Pちゃん迎えに来た

そして4階病棟へ
部屋着に着替えて、初日の夕食
よくわからないまま最初の夜を迎える

4/22(水)二日目
まだ腫れがあるものの、術前検査も特に問題はなかったので
24日の手術決定

4/23(木)三日目
4/24(金)4日目・手術日
食事なし

採血や輸液ライン取りで看護婦さん泣かせのワタシ
この日も血管はぬらりひょんをつづけ、オペ中止か!?と一瞬思わせる状況も・・・
しかし術前のドタバタから一転、チタンプレートはあっさり固定されて
ごろりんとベッドに移されて、病室に戻る
心電図、パルスオキシメータ、血圧計が常に働いている
輸液は足首、そしてカテーテル
この間上半身と意識は働いている
麻酔は19時頃にはほぼ解消、21時には水OK
しかし、ワイヤーと管でがんじがらめ

4/25(土)術後1日目
丸1日絶食したにも関わらず普通食で驚く
少しずつ、いただく
モニター類からは自由に

4/26(日)術後2日目
このあたりから普段飲まない牛乳を飲むことに抵抗を感じて残す
この日は食欲がなく、イチゴとサラダだけ食べて沈没
夕ご飯も白米を残す
食べたものを消化するにも体力を使う
カラダが、体力は足首の傷の補修に使いたいから食べないで
と、言っている
輸液終了、カテーテルも抜管

4/27(月)術後3日目
朝食前にエクササイズを済ませる
右足首だけでなく、股関節、肩甲骨まわり、腹筋
そして経絡とツボ

右足の腫れがひどい
ベッドでリハビリ
体を起こすと頭痛、シャワーを浴びるのも疲労困憊
ひと眠りするたびに体が修復されていく



4/28(火)術後4日目
本格リハビリ
松葉づえをちゃんと使えるようにならないと自宅生活がなりたたない
階段が恐怖



4/29(水)術後5日目 昭和の日でおやすみ
頭痛が激しくて調子がいいのは早朝のみ
起きては伏せを繰り返す
読書どころではない



4/30(木)退院の日
うたた寝しながら朝のエクササイズを念入りに
ずっと一緒だった同室のMさんが午前中退院
おめでたい
すかさず、お掃除されて、まっさらな病室になった
おかげではじめて窓の外が見えた

最後のリハビリ
松葉づえでの階段はやはり慎重に
それ以外のところは、「本当に骨折して手術したのか、この人!?」
と、思わせる強靭かつしなやかな体で
理学療法士さんを驚かせる

午後にシャワー
さっぱりして着替えて、荷物をまとめて
10日ぶりの我が家へ

ダブルUさん、何から何までお世話になりました
そしてU君、仕事帰りに寄って、部屋の模様替えをしてくれてありがとう
まだ1週間は右足に体重をかけてはいけないので
自宅では四つ足動物になる
あちこちに椅子を置き、動線を考える
何もかも周りの人々に助けられて幸せです