5/16 午後から外仕事
やっと苗を定植
キュウリは6株ちゃんと(?)ネットかけた
支柱を紐でくくるとどんどん高さがなくなるので
数年前に布でネットを使うときの支柱を支えるパーツを作ったのが
まだあったので、使ってみる
その向こうに伏見甘長
翡翠ナス
ズッキーニ”ロマネスコ”9株 すでに雄花の蕾はたくさんついてる
トマトが12株
オクラたくさん・・・
まあ、期待はするんだけど、真面目に土づくりをしていないので
数年前から苗の成長が遅い
更に真夏の少雨酷暑の前に、ある程度収穫できればいいのだけど
なかなかうまくはいかない
今年はどうなるでしょうね
定植後数日でオクラの葉が大きくなってきた
ズッキーニは色が薄い
株元には配合肥料を混ぜているのでしばらく様子見
丸一日の雨後しばらくして、ウリハムシの害がひどいのと少し安定しないので
とりあえず、先日の麦わらとチップを敷き込んで様子見
あとはトマトに支柱を立てて
テツヤ氏のキュウリ(多分)にも支柱を立ててお世話
5/29 キュウリとズッキーニ開花(雄花だけど)
花壇のスカシユリも開花
アナベルは開花って言うかな?
黒い土嚢袋に台所の生ごみ(植物性のものと卵の殻だけ)と
雑草や畑の野菜を収穫後の草木、ウッドチップ、鶏糞などをどんどん重ねて
畑の隅に置いている
今のところ5袋で毎日のように生ごみを足している
始めたのが早春だから、この秋、大根を撒くときに堆肥として使えればいいなあ
これまでも生ごみを畑に埋めたり
油粕と米糠で肥料を作ってみたりしたけど、これ!っていうものに当たらない
今度はどうかな
生垣の足元からヤブガラシが伸びだしたので刈り取り
花壇の水仙ジョンキルの球根掘り
ジョンキルは斜め向かいの畑のおばあちゃんが育てていたもの
おばあちゃんが畑に出てこなくなって何年経つだろう
きれいだった畑が荒れて数年
宅地になると聞いたので、水仙を分けていただいたのだ
この秋にちゃんと定植予定
数日経って球根をきれいにした
左がジョンキル、右はクリーム色の彼岸花、リコリスかな
5/19 陽子さんの花壇の手入れ
割れた植木鉢やビニール袋などが次々と出てくる花壇
それらに負けずに生きて来た小菊や柏葉アジサイなどの
縦横に張られた根を取り除いたり
ススキを抜いたりして整えた後
3月から育てていたペチュニア、タチアオイ、ダリアの苗を植える
なんとか根付いて咲いてくれるといいけど
まあ、なるようになる
今年は早めにアブラムシとナメクジ除けの薬を散布したので
苗は全部無事
5月後半は少し雨が降るようなので、根付いてくれればいい
同時に雑草も生えるね・・・
これで苗床の子たちはすべて独り立ち
5/18 レストランの同僚に玉ねぎを分けた翌朝
はまぐりになって返ってきた!!こんな大きいサイズ見たことない
う~ん 何するにも贅沢だ
とりあえず酒蒸しにして
半分は塩焼きそばの具でいただいた
翌日、超贅沢ちゃんぽんにして堪能
ご馳走様でした
喫茶ミトンのミトン皿が素敵だ
連れて行ってくれたアミちゃんとユカさんダンナーナさんに感謝
そこから歩いて植物刺繍展示会場へ
残っている作品だけでも素晴らしい
サポートの旦那様と刺繍の奥様とゆっくり話して
というより友人たちと食卓を囲む
そして誰も台所で負担になってない
という安心感かな
こんな日もよき
5/27 染めのグループ会食
志を同じくするといっても立場が違えば思うことも変わる
SNS発信について少々行き違いがあったので懇親会
会の前にはそれぞれに納得済みだったので美味しく食事をいただく
この歳になっても論議したり、なにか協力して取り組むことがあるのは幸運だと思う
・・・
職場は大きな親会社のあるところなんだけど
現場はパートスタッフに任されている
連休後簡単なアンケートがあって
私は記名で何の目的かも深く考えずに回答した
でも、中には特定のスタッフにハラスメントを受けていると
訴えた人々がいたらしく
5月勤務の最終日の閉店後に個人面談が行われ
結果二人が退職することになった
結構ショックだった
翌日の勤務で、訴えた側であろう人たちが話しているのが耳に入ったけど
正直不快だった
とはいえ、訴えた側にも、やめた側にもそれなりの理由があったのだろうし
着かず離れず、淡々と仕事を進めるべきだと思った
悔しい思いをした彼女たちのことを忘れてはいけない、と
妙な反芻モードに入る方が不健全だと思うのだ
少々のセンチメンタルは台風6号と一緒に吹き飛ばしてしまおう
・・・
私の母方の祖父母は一種の神職(祖母が口寄せさんで祖父はその師匠)と聞いている
何分祖母は母が10歳のとき、祖父は18歳のときに亡くなっているので
母から思い出話などほとんど聞いていない
そういう自分の先祖からの縁もあって
50歳を過ぎてから、自分の内面についてわかる人に見てもらいたいと
思うようになった
5年ほど前にいろいろなことが見える人のセッションを受けたときは
自分がある程度「受け取れる」人間であることと
子宮と肺に多少の問題がありその原因となるストレスまで示唆された
今回も人物の背景と行き先が見えるという人に鑑定をお願いしてみた
こちらからかなりの情報を事前に送っているので
それをもとに作文頑張ってくれたんだなぁ
というのが本音
でも、私のためにここまで書いてくれたんだと
読みながら心がほどけていく感じがあって
今後の生きる後押しになったように思った
まあ、暴君に虐げられているわけでなし
仕事で大変な目にあっているわけでもなく
避けようのない災害に巻き込まれているわけでもない
おだやかな自分には、一筋の光をつかむような
劇的な解決があるわけではないのです
あたたかく、大丈夫だよと包んでもらったようで
感謝しかない



















































